宮原建設の歩み
歩みの長い宮原建設には、現役社員も初耳な歴史がありました。
地域の人々と宮原建設のつながり、ともに発展してきた物語を、会長にインタビューしました。
弊社の起源は、昭和29年に「宮原組」の名称で、大工の棟梁であった先代の宮原一喜が会社を立ち上げたのがはじまりです。
またそれ以前、先代の父であり、私の祖父でもある宮原三太(大工ネーム)も大工で、100年ほど前の鳥居などに名前が刻まれており、地域の方々との信頼関係もその頃より続いていたことがうかがえます。
先代の宮原一喜が宮原組を立ち上げた頃になりますと、職人の厚みがぐっと増しました。代変わりをしてすぐに法人設立に向けて動き出し、「宮原建設」と名称を変えました。当時は職人を自社で教育しており、技術力を培っていた時期といえます。抱える職人も約30人と、この専門家たちをまとめ上げる管理者としての役割が生まれ、この頃会社としての基盤をしっかりと固め、発展させておりました。
私が先代から会社を引き継いだ頃は、建設業界が特に厳しい時代。次々と大手企業が倒産していく中、利益だけにとらわれず先代から受け継いだ「確かな技術と信頼」を守り続けたことが大きな追い風となりました。それは100年以上前から培ってきた基盤があってこその働きでした。そのため、「地域なくして会社は存在しない」という気持ちを胸に、今度は地域に恩返しができるよう、さまざまな仕掛けを考えていかなければならないと考えております。
現在は設計から工事管理までをトータルコーディネートする管理型の経営体制をとっており、協力業者に各技術のエキスパートを取り揃え、質の高さと低コストを実現しています。たくさんの人たちと協力して工事を進めるため、技術力の向上もさることながら、個々の人間力向上にも努めてまいりました。